« 御嶽(212) | トップページ | 牛飼い女(214) »

死なす(213)

島で生活してると、時々、言葉遣い、表現に、あれれ?、と感じる事がある。
話の中で冗談に、殺すぞ! 、あるいは殺されるぞ!、 という言葉が出てくるはずだ。
島の人の表現では、それは、死なすぞ!、死なされるぞ!、と言う、表現になっている。
何んでそんな表現になるのだろうかとよく考えると、殺すぞ!、殺されるぞ!という表現には、頭をブチ割られ、非常に残忍な、残酷なシーンが先に浮かぶ。
その点、島の表現では、そのような残忍さは、抑えられる。
島の人が、もともと心根が優しい、穏やかであるから、残忍なシーンを連想するその言葉は、使い辛いので、自然に言葉が変換されてでてくるのである。
島の人は素晴らしいと、つくづく感じる日々である。
マスコミでは、子供が親を、あるいは兄弟、家族を、残忍な残酷な殺人報道が多い。
皆さん、夫婦喧嘩、親子や家族喧嘩の中で、知らずに、殺すぞ!とか、殺してやりたい!とか、そのような言葉が日常、ポロリと出ているのではないだろうか。
子供は、親の背中を見て育つ、いつの間にか、親や、周りに、そのような残酷な言葉が飛び交うのを聞き、精神的に、残酷なシーンが受け入れられているのではないだろうか。
喧嘩など、興奮してる時に、周りへの配慮は難しいだろうけど、普段から、言葉の使い方、表現の仕方に、心配りが必要ではないだろうか。
子供は、親の背中を見て育つ! 親の言葉を聞いて育つ!
気をつけよう・・・

|
|

« 御嶽(212) | トップページ | 牛飼い女(214) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/478671/10553362

この記事へのトラックバック一覧です: 死なす(213):

« 御嶽(212) | トップページ | 牛飼い女(214) »