死なす(213)
島で生活してると、時々、言葉遣い、表現に、あれれ?、と感じる事がある。
話の中で冗談に、殺すぞ! 、あるいは殺されるぞ!、 という言葉が出てくるはずだ。
島の人の表現では、それは、死なすぞ!、死なされるぞ!、と言う、表現になっている。
何んでそんな表現になるのだろうかとよく考えると、殺すぞ!、殺されるぞ!という表現には、頭をブチ割られ、非常に残忍な、残酷なシーンが先に浮かぶ。
その点、島の表現では、そのような残忍さは、抑えられる。
島の人が、もともと心根が優しい、穏やかであるから、残忍なシーンを連想するその言葉は、使い辛いので、自然に言葉が変換されてでてくるのである。
島の人は素晴らしいと、つくづく感じる日々である。
マスコミでは、子供が親を、あるいは兄弟、家族を、残忍な残酷な殺人報道が多い。
皆さん、夫婦喧嘩、親子や家族喧嘩の中で、知らずに、殺すぞ!とか、殺してやりたい!とか、そのような言葉が日常、ポロリと出ているのではないだろうか。
子供は、親の背中を見て育つ、いつの間にか、親や、周りに、そのような残酷な言葉が飛び交うのを聞き、精神的に、残酷なシーンが受け入れられているのではないだろうか。
喧嘩など、興奮してる時に、周りへの配慮は難しいだろうけど、普段から、言葉の使い方、表現の仕方に、心配りが必要ではないだろうか。
子供は、親の背中を見て育つ! 親の言葉を聞いて育つ!
気をつけよう・・・
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